名草戸畔(なぐさとべ)古代紀国の女王伝説


『名草戸畔(なぐさとべ)古代紀国の女王伝説』

作家・イラストレーターの
なかひら まい のルポルタージュの傑作
『名草戸畔(なぐさとべ)古代紀国の女王伝説』。
この本は5年間を費やして
取材・執筆が行われた大作で、
古代史ファンから高い評価を受けています。
紀国の郷土史家 小薮繁喜さん、
ルバング島から奇跡の生還を果たした
小野田寛郎さんの二人から伝承を聞き、
各地の伝承や歴史の資料を照らし合わせ、
古代紀国の女王の姿を浮かび上がらせました。
神武に殺されたと『日本書紀』に
ひと言だけ記された古代女王の本当の姿とは?
『日本書紀』の神武東征に隠された秘密や
縄文時代の先住民の暮らしや価値観が
21世紀によみがえります。
最初から最後まで一気に読める珠玉の歴史ミステリーです。

なかひら まい 著
小薮繁喜・小野田寛郎 取材協力
小野田麻里 写真
スタジオ・エム・オー・ジー 刊
リアル書籍 1,500円+税(名草山ポストカード付)
電子書籍(iPadのみ対応) 900円税込(カラー図版/カラー写真 多数収録)


STUDIO M.O.G.のショップでは
著者サイン&イラスト入りの本を販売しています。
どうぞご利用ください。

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なかひら まい公式サイト:http://studiomog.ne.jp/nakahira/
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月刊なぐさとべ2011年11月11日号

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月刊 なぐさとべ vol.07
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前回は、奄美大島に残る祭祀を元に、名草戸畔(なぐ
さとべ)祭祀を想像してみた。そこで今回は、さらに踏
み込んで、祀る対象である自然の精霊の姿について考え
てみた。精霊信仰は、名草地方(現:和歌山市海南市)
に限らず、世界中に普遍的に存在している。しかし、精
霊そのものの話となると、ナグサトベのルーツや歴史か
ら外れてしまうため、本文に上手く入らなかった。ここ
では、水木しげる氏の妖怪解釈や、人類学者の岩田慶治
氏を参考に、ナグサトベのルーツ、東南アジアの精霊を
紹介したい。

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東南アジアの精霊と八百万の神
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〈妖怪と古代の精霊〉

ナグサトベの生きた時代、人々は、山や海、水や石に
宿る精霊を畏れ敬って暮らしていた。人々は、精霊と共
に生きていたのだ。では、精霊と共に生きるとは、一体
どういうことなのだろう。この答えは、意外に身近なと
ころにある。それは「妖怪」だ。
わたしの小学生のころの愛読書は、水木しげるの『小
学館入門百科シリーズ32 妖怪なんでも入門』だった。
後から調べると、この本は、昭和49年(1974)鬼太
郎ブーム到来と共に水木しげるが初めて記した、子供向
け妖怪入門書であった。当時はまだ妖怪が今のようにキ
ャラクター化されて世間に浸透していなかったせいか、
第1章の「妖怪を知る7つのポイント」には、妖怪の本
質について、しっかりしたことが書かれている。一部を
抜粋する。

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大昔の人々は、万物にたましいのようなものが宿って
いると考えていた。すなわち、木には木のたましいがあ
り、石には石のたましいがあり、夜寝しずまったころ、
踊りを踊っているかもしれないと考えていた。
妖怪のなかには、そうした大昔からいるようなものも
あり、江戸時代の人が、作ったり感じたりしたものもま
じっている。
感じたり、というのは、たとえば夜道を歩いていると、
ことにまっ暗な田んぼの道などの場合、なんとなく気持
ちがわるいので、急ぎ足になる。そうなると、よく足が
もつれたようになって思うように進まない。
すると恐怖心は倍になる。そんなとき、足にまつわり
ついているのは「すねこすり」という妖怪だ、というわ
けだ。
しかし、目には見えていなくても、そういう妖怪がい
ると考えたほうが、そのときの気持ちをよく表現できる。
そんなとき、妖怪は誕生するのだろう。

『小学館入門百科シリーズ32 妖怪なんでも入門』水
木しげる・著(小学館)
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夜の田んぼ道のような気持ちの悪い道を歩いていて、
思うように進まないとき、恐怖心に駆られて足に「すね
こすり」がまつわりついていると感じる、という文章に
は、「妖怪を感じる瞬間」の心の状態が的確に表現され
ている。妖怪とは、本来は、目には見えないけど何かが
いる、という感じのことであった。
この妖怪の定義は、そのまま精霊に置き換えたとして
も間違いではない。そして、水木氏は、こうした妖怪の
根源には、万物にたましいのようなものが宿ると考えて
いた「大昔の人」の心があると述べている。この「大昔」
は、感覚的に捉えると、ナグサトベの時代ぐらいのこと
だろう。

〈タイのピー信仰とナグサトベ〉

古来、万物のたましい、すなわち精霊は、目には見え
ないが存在していて、人間の暮らしに影響を及ぼすと考
えられてきた。前回、紹介した奄美大島の「ミャー」も、
何もない原っぱの空間そのものが神域と認識されてい
た。そこにいるカミ(精霊)は目には見えないが、人々
は豊穣や暮らしの安全をその原っぱで祈るのだ。
奄美大島のミャーとよく似たものが、東南アジアの「ピ
ー信仰」だ。ピー信仰を日本に紹介した岩田慶治氏は、
タイやラオス、ボルネオなど東南アジアの調査をおこな
ったことで知られる人類学者だ。タイやラオスは、ナグ
サトベのルーツと思われるスンダランドの一部でもあ
る。

タイやラオスでは、森、海、山、川、空気、犬、猫な
どの動物、人間の祖先に到るまで、森羅万象に「ピー」
という精霊が宿っていると信じられている。ピーは、目
に見えないが確かに存在していて、村の中や、村周辺の
森林に、祭りのたびに去来するピーを祀るための村祀
(そんし=ピーの家)が建てられている。村人は、何も
いないピーの家に、ケイトウの花や線香が供える。
このピーは、人間の暮らしに様々な影響を及ぼす。た
とえば、ご先祖のピーは、供物を捧げて祀ることで子孫
を守ってくれる。稲は大切なものなので、田んぼの隅に
稲のピーを祀る小さな「ピーの家」を建てて大切に祀り、
豊穣を祈る。しかし、稲に悪さをする悪霊ピーもいるの
で、ターレオという呪具を立てて悪霊ピーの侵害を防ぐ。
荒れ狂う危険な川も恐ろしい川ピーの仕業だ。病気にな
ったときも、悪霊ピーの仕業になることもあるという。
そんなときはモー・ピーという呪術師に頼んで対処して
もらうこともあるそうだ。そんな悪霊ピーと同時に、神
聖な樹木のピーもある。ピーの木は、日本のご神木のよ
うに供物を並べて祀られている。
このようにピーは、善と悪という枠組みで捉えられる
ものではない。人間の想像を超えた働きをする自然や、
亡くなった祖先と生きている人間の関係、原因の分から
ない病気など、暮らしの中で起こる様々な現象にピーが
関わっていると信じられているのだ。

ナグサトベの時代を生きた人たちが感じていた世界観
もピー信仰とよく似たものだったのではないだろうか。
ナグサトベたちも、精霊とコンタクトを取りながら、自
然と持ちつ持たれつで暮らしていたと想像するとイメ
ージが広がる。
わたしは、人間の心には、目に見える物質に、目に見
えない何かの働きがあると感じ取ることによって、はじ
めてものごとを了解する機能が存在しているように思
う。心が感じ取る、言葉で説明できない何かは、科学技
術や心理学がいかに発展しようとも、ピーや精霊、妖怪
としか表現できないのだ。

このピーは、日本の八百万の神ともよく似ている。鎮
守の森に建つ日本の神社は、がらんどうで偶像が祀られ
ているわけではない。本来、森そのものがカミであり、
森を神域として守るために社を建てたのだろう。これは、
タイの森林に建つピーの家によく似ている。東南アジア
から日本列島に到るアジアの広い範囲で、共通のアニミ
ズム信仰が息づいているのだ。なお、日本の神社をピー
のいる場所と見立てて、ピーを探すルポを、季刊『レポ』
4、5号に「ピー・スポットを探せ!」を寄稿したので、
日本の八百万の神とピーについては、ここでは繰り返さ
ない。そちらをお読みいただけば幸いだ。

〈漂泊の森の民~ピー信仰の根源~〉

タイのピー信仰は、主に平地で稲作と自然採集で暮ら
している村落に見られる。村の中には祖先を祀るピーの
家があり、田んぼには稲を祀るピーの家があり、村の周
辺の森林には木々に畏敬の念をこめてピーの家が建っ
ている。日本の農村を彷彿とさせる光景だ。祭祀につい
ては、ラオス北部のパ・タン村では、モー・モーという
巫女が村に何人もいるという。女性が神を取り次ぐとこ
ろは、ナグサトベに似ている。さらに平地に行くと、司
祭の男性と巫女のセットで祭祀を行うスタイルになる
そうだ。これはヒメヒコ制によく似ている。ナグサトベ
たちは、共同体を作って協力し合い、半農半漁の暮らし
をしていたと思われるので、あくまで想像だが、古代名
草にはパ・タン村のような光景が広がっていたのかもし
れない。

タイやラオスには、パ・タン村のラオ族やタイ族の他
にも、様々な民族が暮らしている。現在は存在している
かどうか不明だが、タイ北部の森には、自然採集のみで
暮らす漂泊民がいた。ピー・トング・ルアング族という。
「ピー・トング・ルアング」とは、タイ語で「黄色い葉
の精霊」という意味だそうだ。深い森でどんな暮らしを
しているのかよく分からない彼らを見た他の部族がつ
けた名だ。彼ら自身は、自分たちを「ユンブリ」と呼ぶ。
(『黄色い葉の精霊』ベルナツィーク・著/大林太良・
訳)
このピー・トング・ルアング族の精霊の捉え方は、ナ
グサトベよりさらに古い時代を連想させる。
彼らは、精霊はジャングルの「特定の木」に棲んでい
ると信じているという。特に太い木の幹には、父、母、
子の3人の精霊の家族が住んでいるそうだ。精霊は、水、
岩、山にはいない。樹木だけにいる。精霊の中には、ド
カット、バアと呼ばれる悪い精霊、グルライという善い
精霊がいる。ドカットは人間に危害を及ぼす存在で、住
処の前を通ると死ぬと信じられている。ドカットは河床
に棲んでいる。善い精霊グルライは木に棲み、人々を保
護してくれるそうだ。精霊に捧げる供物は、簡単に編ん
だ竹の皿の上に乗せた葉に置かれるだけ。祭壇や社はな
い。祭祀を行う巫女のような職能も存在しない。祭祀は
誰でも行うことができる。
原始林の中で、木の実や食べられる植物など、森の恵
みを食べて生きるきわめて原始的暮らし。野生動物に対
する抵抗力も弱く、川岸を歩いているときに子供が虎に
襲われて死ぬことも多いという。彼らは、森の精霊と共
に、生きることを生き、身体が動かなくなったら死んで
森に還るだけの人生を全うする。

彼らの暮らしには、簡単な祭祀しかなく、祭祀から派
生する縄文土器や埴輪のような芸術もない。文明という
ものを根幹から覆すような社会といえる。しかし、自然
の猛威に圧倒されるままで、病気や怪我をしたら死ぬに
任せるだけだというのに、自殺はいけないこととみなさ
れているそうだ。この状況において、この気高い精神は
いったい、どこから生まれてくるのだろうか。お金や時
間に支配され、窮屈に生きるわたしとは大違いだ。

そして、このか弱い森の民が、よき精霊は樹木にいる
と信じていることは興味深い。そこには、森の生命に対
する深いリスペクトが現れているような気がしてなら
ない。ナグサトベ以前の時代の、遠い夢の時代の片鱗が
ここにある。
今なお自然や自分たちの心までも破壊しつづける現代
人は、彼らの暮らしに何かを学ぶ必要があるのではない
だろうか。

2011年11月11日 満月 なかひら まい

参考文献
『小学館入門百科シリーズ32 妖怪なんでも入門』
水木しげる・著(小学館)
『草木虫魚の人類学』岩田慶治・著(淡交社)
『黄色い葉の精霊 インドシナの山岳民族誌』
ベルナツィーク・著/大林太良・訳(東洋文庫)

それでは、次回の配信をお楽しみに!

●ピー・スポットを探せ!
好評発売中の北尾トロ責任編集『レポ』4号・5号にて、
「ピー・スポットを探せ!」前後編が掲載されています。
インターネット通販、一部の書店で販売しています。

『レポ』公式ウェブサイト
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月刊なぐさとべ2011年10月12日号

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月刊 なぐさとべ vol.06
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縄文の昔を生きた名草戸畔(なぐさとべ)が一体どん
な祭祀をしていたのか、という問題には、なかなかたど
り着くことができない。その理由は、五畿内のすぐとな
りに位置する和歌山には、早い時期に仏教などが移入し
たため、古い祭祀のことはよくわからないからだ。樹木
や山や清水を信仰していたことまでは想像がつくが、実
際の祭祀はどんなものかといわれても、確証のある答え
はない。しかし、ヤマト政権から離れた南九州や沖縄な
どの地域には、今もその片鱗が残っている。直接、ナグ
サトベに関わる資料とはいえないため『名草戸畔 古代
紀国の女王伝説』本文では取り上げることはできなかっ
たが、わたしはナグサトベもよく似た祭祀を行っていた
のではないか、と想像した。今回の「月刊 なぐさとべ」
では、『奄美に生きる日本古代文化』金久正・著を参考
にしながら、南の縄文の祭祀と名草戸畔(なぐさとべ)
を重ね合わせてみた。

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原っぱの祭祀場ミヤとナグサトベの祭祀
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奄美大島の民族学者、金久正(かねひさただし)によ
ると、奄美大島には「ミャー草(宮草)」と呼ばれる空
き地があるそうだ。そこは誰が見ても、草がぼうぼう生
えたただの空き地にしか映らないという。ところが、村
の年中行事となると、このミャーは神聖な祭祀場へと変
貌するというのだ。
ミャーは、明らかに「宮」の訛りだ。かつては、村の
空き地に祭祀をするための宮を建てていたが、次第に宮
の立つ空き地ごと「ミャー」や「ミャード」などと呼ば
れるようになったらしい。この空き地は、開墾したり木
を伐ったりすると障りがあるといわれ、今でも手つかず
で残されているそうだ。
奄美渡島や沖縄にはノロと呼ばれる神官(巫女)がい
る。おそらく奄美大島では、ノロが神聖な原っぱに建て
た宮(ホコラ)=ミャーに向かって祈り、祭祀を行って
いたのだろう。
地域によっては、ミャーのそばには「刀禰屋(トネヤ)」
という建物が立っているそうだ。
トネとは、村の長を表す言葉で、平安時代の文献など
にたびたび登場する。トネヤとは、「村長の屋敷」と解
釈できる。加計呂麻(かけろま)島東部の諸数(しょか
ず)部落には、空き地にトネヤシキがあり、今では個人
の住宅になっているが、かつては神官ノロが住んでいた
そうだ。

トネの語感は、名草戸畔(なぐさとべ)の「戸畔(ト
ベ)」によく似ている。また、ミャーのたたずまいは、
名草山の麓、吉原に鎮座する「中言神社」のホコラを連
想させる。「中言神社」は大きな社が建っているわけで
はなく、名草山の麓の木々に向かってこじんまりと佇ん
でいる。当然、社が建つ前は小さなホコラだけであって、
それ以前は空間そのものにカミサマが宿っていたはず
だ。そうやって考えていくと、ナグサトベが、奄美大島
の神官ノロのように、小さな神聖な空間でホコラに向か
って祈っていた姿が心のなかに浮かんでくる。

神々に祈りを捧げるミャーは、山の上の方と海の方に
あるそうだ。山では山神を祀り、海では海の神を祀って
いるという。ミャーは、最初は山にだけあったが、農耕
の発達により、人々が徐々に平地に進出していき、海に
も作られるようになったと考えられている。現在もミャ
ーは両方にあるのだが、山のミャーのなかには忘れられ
ているものもあるらしい。
そういえば、名草山の南にある「内原神社」の宮司さ
は「昔、お社はもっと山の上の方にあったのだが、平地
に進出するにつれ、裾に移動していった」と話していた。

ミャーのホコラの構造は、茅葺きの小屋で、西の真ん
中に戸口があり、北側に入り口があるが戸はなく開けっ
ぴろげだ。周囲は板壁で、上部には屋根がなく、青空が
覗いている。
これとよく似た神社が紀伊半島・熊野の山中にある。
天井がないばかりか、社そのものもない神社だ。何でも
屋根のあるお社を造ると、火事で燃えてしまうのだとい
う。
その神社の祭神もよくわかっておらず、山で仕事をす
る人たちが、山の中に生えた樹木をご神木として大切に
した森を「神林」として祀ったのではないか、といわれ
ている。
屋根を作らなかったのは、その森林の精霊が出入りで
きなくなってしまうからではないだろうか。つまりお社
と「神林」は一体となってこそ意味をなすのだ。お社に
屋根をつけてフタをすると、カミサマが怒って火事を起
こすのかもしれない。
名草から目と鼻の先の山深い熊野には、まだ奄美大島
とよく似た古代のアニムズム信仰が残っている。

名草地方には、はっきりしたかたちで祭祀が残ってい
るわけではない。しかし、日本全国を見渡すと、古代の
祭祀の片鱗をあちこちに見出すことができる。想像力を
働かせ、それらをナグサトベたちに重ね合わせ、祭祀を
行う様子を思い浮かべてみるのもいいだろう。

『奄美に生きる日本古代文化』は、2011年7月に南方
新社より復刊した。ご興味のある方はぜひお読み下さい。

2011年10月12日満月 なかひら まい

月刊なぐさとべ9月12日号

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月刊 なぐさとべ vol.05

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遺体切断伝承の謎を解く
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「ナグサトベの遺体を三つに切断して埋めたのは、怨霊
封じ込めのためではないでしょうか。神武軍にやられた
わけですし」

たまにそういう感想をいただくことがある。本を読ん
だ方はご存知かと思うが、遺体切断伝承のわたしの見解
は「怨霊鎮め」ではない。簡単に書くと次のようになる。

ナグサトベは遺体を三つに切断され、三つの神社に埋
められた。それぞれの神社は、主祭神とともに食物の神
である「ウガノミタマノミコト」が祀られている。さら
に頭やお腹や足を守る神様として、現代でも和歌山市海
南市の人たちに慕われている。
この遺体切断伝承は、ハイヌヴェレ型神話の「類型」
といえる。ハイヌヴェレ型神話とは、殺され、切り刻ま
れた女神の身体からイモや雑穀が生えてくるというス
トーリーを持つ神話のこと。主に東南アジアから日本ま
で広く世界に分布している。農耕を営むアジア人にとっ
て、穀物発生の起源を説明する物語だ。すると遺体を切
断されたナグサトベは、土地の人たちに「穀物の神=豊
穣の女神」として愛されてきたと考えられる。怨霊とし
て鎮める対象にされてきたとは、とうてい思えない。

本文ではもっとページ数を割いてハイヌヴェレ型神話
について書いた。
ところが本を読んだあとでも「封じ込めではないか」
という疑問の声を上げる人がいる。自分ではかなりくわ
しく説明したつもりだったが、まだ足りなかったようだ。
そこで今回の「ナグサトベ通信」で、そのことについて、
もうちょっと書き足すことにした。

「封じ込め説」に唱える人はたいてい「遺体切断=残
酷」という先入観をもっている。つまり「理由がどうで
あれ、そんな悲惨なめにあったのだから、怨んでいるに
決まっている」という考え方が立脚点になっている。
しかし、それは現代人の視点にすぎない。
縄文や弥生に生きた人たちが、果たして、遺体を切断
する=残酷という考え方をもっていたのかどうか。まず
そこから検証する必要がある。たしかに遺体をわざわざ
切断して埋めるという行為は、現代人の感覚からすれば
気持ちのいいものではない。切断された遺体からイモや
穀物が生まれるというハイヌヴェレ型神話も、とらえよ
うによっては、何とも薄気味悪い話だ。一体どこが五穀
豊穣なのかさっぱりわからない人もいるだろう。
しかし、それもこれも現代人の感覚にしかすぎない。
果たして現代人の尺度で古代に生きた人を計ってもい
いのだろうか。古代史の本のなかには、古代人の心の状
態が現代人とは違っていることを考慮せず、無自覚に現
代人の心を投影しているケースも目につく。
それこそ古代人にとって「残酷な行為」なのではない
か。

林道義氏の『ユング心理学と日本神話』によると、神
話には、普段の意識には顕れない「元型的な意味」をも
つ事柄が記されているという。
たとえば、『古事記』には、スサノオが母を恋しがっ
て泣きわめくと、青山を枯らし河や海はことごとく枯れ
るという、かなり大げさな表現が見られる。
このスサノオの泣き方をみて「母に対する甘え」を表
しているという解釈をする人が多い。しかし、林氏によ
ると、それは「意識の表面で神話を解釈しているにすぎ
ない」ということになる。

=================
神が泣くのを甘えて泣く、あるいは子供だから泣くと
見るのは、言わば「人間的」意識的な見方であって、神
話のシンボルを解釈するさいの正しい見方とは言いが
たい。神は決して弱くて泣くのではない。神が泣くとき
はたいへん恐ろしいのであって、そのときは世界が不毛
になり、あらゆる植物は枯れ死に、動物は死滅し、世の
中は暗闇となる。反対に神が笑うと世界の生気は復活し、
花は咲き鳥は歌い穀物が実る。
(『ユング心理学と日本神話』より抜粋)
=================

切断した女神の遺体から穀物が発生するという神話も、
人間の普段の意識とは異なる次元の物語だ。
視野を広げてこの神話をとらえると、女神の身体は地
球を表し、穀物はそこから生命が芽生えるといった、ダ
イナミックな世界観を表しているようにも思える。字面
だけを追うと薄気味悪い話のように思えるが、実は、物
事の始原を表すような、元型的な物語だと解釈できるの
だ。
ハイヌヴェレ型と同型の物語を内包するナグサトベ遺
体切断伝承も、同じように元型的な意味を含んでいる。
この物語の字面だけを追って、残酷であるとか、神武軍
に殺された恨みが云々といった「人間的な次元」で捉え
るのは実に短絡的であり、正しい見方ではない。ナグサ
トベは生命の芽生えを象徴するしあわせなシンボルな
のだ。
ナグサトベ伝承は、元型的な物語が消されず(意識下
に埋もれず)、生命力に溢れた物語に宿って生きながら
えてきたのだ。怨霊になる理由は見あたらない。

2011年9月12日満月 なかひら まい


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『名草戸畔(なぐさとべ)古代紀国の女王伝説』
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月刊なぐさとべ2011年8月14日号

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月刊 なぐさとべ vol.04

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名草戸畔講演会レポート

 この講演会実現のきっかけになったのは、名草戸畔本
の出版直後にいただいた一通の手紙だった。手紙の主は、
阪東晃一さん。名草神社宮司家・T家のご親戚の方だ。
阪東さんは、子どもの頃、お祖父様から「名草山に神様
が降りたってあたりを治めた。その時の家来がいて、T
家の先祖はその何番目かの家臣であった」という言い伝
えを聞いたことがある、というのだ。

 T家といえば、明治時代の時点で65代になる旧家で、
代々名草神社(元・中言神社)の宮司家だ。わたしは以
前、和歌山取材で名草神社に訪れた際、偶然、現・宮司
のTさんにお会いしたことがある。

「先代が詳しかったのですが、ついこの間亡くなってし
まいまして、神社のことは、わからなくなってしまった
のです」

 Tさんは、そうつぶやいた。わたしたちがナグサトベ
について調べているというと、参考にして欲しいと亡く
なった先代宮司が書いた明細帳のコピーをくださった。

 本ができたのは、それから2年後の2010年暮れ。お
世話になった神社に献本したところ、大変な反響をいた
だいた。いろんな事情で地元の人すら分からなくなって
いた伝承を再発見した価値を最初に理解してくれたの
は、やはりナグサトベ縁の神社の方達であった。

 阪東さんは、わたしがTさんに献本した名草戸畔本を
読んで、手紙を送ってくれた。実は、阪東さんのお祖父
様というのは、亡くなった名草神社の先代宮司だった。

 阪東さんは、現在、ホリスティックネットワークの事
務局長を務めている。「ホリスティック」とは、伝統医
学、東洋医学、精神活動など、すべてを総合的に利用し
て病気を治していくという考え方のこと。和歌山のホリ
スティックネットワークは、西本クリニックの西本真司
院長が主催している。

 ホリスティックネットワークでは、毎年、いろいろな
ジャンルから講師を招いて講演会を開いている。そこで
夏にはナグサトベの講演を、というお話をいただいたの
だ。話をいただいたのは、私が今年の3月20日にカン
タ・デル・ソルの閉店お別れパーティに和歌山に行った
ときのことだ。

 西本先生も『日本書紀』とはちがい、土地の人たちの
目線で語られてきた伝承が和歌山に残っていたことに、
大きな関心をもっていた。

 講演の2週間前には、『ニュース和歌山』にも情報が
掲載された。編集長の高垣善信さんは、ナグサトベの本
を読んで「和歌山に対する見方が確実に変わる本」と評
価してくださった。3月には取材も受け、ナグサトベ伝
承は大きく取り上げられた。

 そうやって、たくさんの人たちの協力を得て、7月
24日を迎えた。

 驚いたことに、開演時間が近づくにつれ、会場には、
どんどん人が集まってきた。後で聞いたところ来場者は
91人。スタッフを入れると100人を越えていた。有料
の講演会にもかかわらず、たくさんの人にいらしていた
だき、本当に感謝している。

『名草戸畔(なぐさとべ)』の本は、30代によく売れ
ていると書店の方から聞かされていた。しかし、当日、
会場にやって来たのは、年配の方が多かった。

 本書にも記したが、ナグサトベ伝承は、戦時中、いろ
んな事情で公に語られなくなった。戦後66年というこ
とを考えれば、60代・70代の方たちはちょうどナグサ
トベ伝承を知ることができなかった世代の人たちだ。

 この本で伝承を採集した小薮繁喜さん、小野田寛郎さ
んは現在80代後半。彼らが伝承を聞いた最後の世代な
のだ。

 ナグサトベの名前は聞いたことがあっても、詳細につ
いて知らない方たちが、伝承を知ろうとたくさんやって
来たように思われる。聴衆のみなさんからすると若輩者
の私が語り部だというのもおかしな話だが、同時に、語
り部の役割をおおせつかったことをありがたく思いな
がら、お話しをさせてもらった。

 会場には、本にたくさん付箋を付けているマニアック
な方と、本を読んでいない方が半々ぐらい来ていたよう
だ。限られた時間で深いところまで話すよりも、本の内
容をわかりやすく伝えることを優先した。だから、マニ
アックな方には少し物足りなかったかもしれない。
 わたしが言いたかったことは、とてもシンプルだ。箇
条書きにすると次のようになる。

1.ナグサトベは、ここにいるみなさんの遠い祖先である
こと。

2.王権によって押しつけられたストーリーではなく、
「ここに住む人たちの思いが語り継がれた物語が残っ
ている」という事実が重要であるということ。

3.権力とは無関係な素朴な自然信仰が、名草山、楠(イ
タケル)、山の祖霊信仰として、今もはっきりと残って
いること。

4.こういう物語が見えなくなることによって、山の自然
に守られているような安心感や、自然に対する畏怖の現
れとしての妖怪に出会う「感受性」が失われると、確実
に心は荒んでいく。和歌山には、名草山をはじめ、こう
した感受性を取り戻す装置がたくさん残っているのこ
と。その財産を、どうか大切にして欲しいということ。

 会場には、故・吉野裕子氏の弟子だったという民俗学
の先生や、郷土史を研究している方もいらっしゃった。
かと思えば、名草山をカンナビ山であったことを知らず、
登山の練習用の山として登っていた方もいた。そういう
方にとっては、かなりインパクトのある話だったと思う。

 和歌山に限らず、各地の伝承は忘れられ、心の財産や、
観光資源にもなるような神社の価値を自ら捨ててしま
いがちだ。町おこしにゆるキャラの着ぐるみをつくって
いる場合ではないのだ。その土地の伝承に静かに耳を傾
ければ、観光資源など、いくらでも掘り起こせる。

 わたしは伝承も何もなく、妖怪も出ない埋め立て地で
生まれ育った。東京都民が出したゴミの上につくられた
土地に暮らしていた。そんなわたしにとって、縄文時代
からの伝承が残る和歌山は夢のような場所だ。

 一度捨てられた古い伝承を「再発見」する時期が来て
いるのかもしれない。

2011年8月14日 なかひら まい


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『名草戸畔(なぐさとべ)古代紀国の女王伝説』
なかひら まい 著
小薮繁喜・小野田寛郎 取材協力
小野田麻里 写真
スタジオ・エム・オー・ジー 刊
リアル書籍 1,500円+税(名草山ポストカード付)
電子書籍(iPadのみ対応) 900円税込(カラー図版/カラー写真 多数収録)
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STUDIO M.O.G.のショップでは
著者サイン&イラスト入りの本を販売しています。
どうぞご利用ください。

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なかひら まい公式サイト:http://studiomog.ne.jp/nakahira/
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名草戸畔(なぐさとべ)公式サイト:http://studiomog.ne.jp/lineup/nagusa/
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公式無料メルマガ「月刊なぐさとべ」:http://www.mag2.com/m/0001281151.html 
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名草戸畔の講演会@和歌山は大盛況のうちに終了しました

『名草戸畔 古代紀国の女王伝説』の著者なかひら まい による
名草戸畔講演会@和歌山は大盛況のうちに終了しました。
予想を超える91名もの方が参加したそうです。
本当にありがとうございました。
名草戸畔は現代も生きています。
名草山、6社ある中言神社、杉尾神社、千種神社に
名草戸畔に会いに行ってください。
太古からつづく里の風景を大事にしてください。
私たちも名草の心性を世に伝えるべく
活動をつづけようと思います。


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『名草戸畔(なぐさとべ)古代紀国の女王伝説』
なかひら まい 著
小薮繁喜・小野田寛郎 取材協力
小野田麻里 写真
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なかひら まい 講演会@和歌山 2011.7.24

『名草戸畔(なぐさとべ)古代紀国の女王伝説』講演会
とき:2011年7月24日(日)
13:00開場/13:30開演(終了16:00予定)
会場:和歌山中央コミュニティセンター1階
参加費:1,000円(当日1,300円)
内容:なかひら まい講演・西本真司(西本クリニック医院長)氏との対談・サイン会など。

前売りは、ホリスティックネットワーク事務局
080-6183-0652までお電話して予約してください。

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